合気道の秘伝を学ぶ  - 井口合気流護身術(IAM護身術) 二段のブログ -

合気道を活用した護身術の技術と考え方の紹介

IAM護身術世界進出?

1. 来訪者

一月前の話になりますが、シンガポールから橋本先生の個人稽古を受ける為、来日してくださった方がおられたようです。先生のHPFacebookによると、、「それに比べると技術の質も、理論の質も次元が違う。個人指導の授業料が安すぎる」大変満足し、「それに比べると技術の質も、理論の質も次元が違う。個人指導の授業料が安すぎる」技術の質も、理論の質も次元が違う。個人指導の授業料が安すぎるて下さったようで、「技術の質も、理論の質も次元が違う。個人指導の授業料が安すぎる」とまで言ってくれたとか。

 

そして先日火曜日の夜の稽古にもある武道の黒帯の方が体験に来られていたのですが、IAM護身術の技術に感銘を受けて頂きました。

 

私もIAM護身術(井口合気流護身術)の神髄を伝えられるレベルまで技を身につけていきたいものです。この理論と技術が継承されていくことを強く望みます。

 

 

 

2. こだわらない

さて、予告では皮膚感覚の技術の話をする予定でしたが、昨夜の稽古は中身が凄まじく濃く、気の疎密を感じて疎な位置に入る動き、繋がる感覚の応用(3つの丹田全てで繋がる)、気の上位概念などを試すことができ、自分自身非常に驚きました。そして、なぜ短期間で上達できたのかを記録しておきたいので、簡潔にそれらを紹介します。

 

合気道で大事なことは「こだわらない事」です。完全なる無視、透明な自分になる事と言ってもいいでしょう。前回予告は忘れましょう。

 

 

3. 稽古以外の上達方法

急に技の質が向上できた理由は主に3つあります。

一つ目は先生にお借りした、近藤孝洋著「極意の解明」。この本に書かれた内容を意識して日常生活で何気ない稽古をしていたら技の質が向上していました。

 

具体的には、相手が蹴ってくる瞬間の気の疎密が以前より明確に感じる事ができ完全に虚を突けたり、相手と繋がる感覚を得た後、背骨と脊柱起立筋肉を微調整することによって感覚をさらに強化できたり、ある概念を使用して感知できない当身を繰り出したりすることができました。

 

相手は門下生かつ、場が慣れ親しんだ道場なので、余裕をもって試せたというのも一因でしょう。これを自然体でこなせるようになりたいものです。

 

なんにせよ、読むべき時に出会った良書というのは自らを高めてくれるものです。

然るべき時に然るべき書に巡り合えるかどうかは運ですけどね。

 

 

 

二つ目はヨガです。

最近、オーバーワーク気味の生活を送っています。そのデスクワークで凝り固まった肩、腰をほぐすべく、ヨガを朝晩やっていました。ヨガは普通にやるだけでも、ストレッチや体幹トレーニングの効果が得られますが、私は気を流す稽古を同時にしていました。

 

どういう事かといいますと、ポーズを維持している間、中丹田、下丹田から気を流しつづけていたのです。やってみるとヨガの各ポーズは本当に気を流しやすい姿勢になっていることが分かります。これが技の質向上に繋がったと確信しています。

 

一例として、ダウンドックのポーズでは下記のポイントを意識して行っていました。

中丹田から腕へ流れる気で体を支えるイメージ。腕の筋肉は意識しない。

②下丹田から脚へ気を流す。

③手のひらを前方、足の裏を後方へ滑らし、大地を引き裂く方向へ皮を取る

 (腕や脚の筋肉に力は込めないが、手の平と足の裏で強烈に皮取りを行う。)

 

その他あらゆるポーズで合気の稽古が可能なので、合気道をやっている方は是非お試しあれ。機会があれば少しずつ紹介していきたいと思います。

 

 

 

三つめはハードワークに対する考え方の変換です。

最近、ストレスフルで忙しい日々を送っています。部署によって様々な価値観があり、それらが入り混じり、ぶつかり、妥協し…と、どこにでもある会社生活ですが、最近は特にイライラすることが多々ありました。

 

これらを全て真正面から受けとると疲れ果てるので、合気の精神で受け流したり、ぶつからなかったり、物事は常に二面性を持つもの、長所と短所は表裏一体、と考えて社会人生活を送っていました。

 

最近はこれを発展させ、もう一人の自分が違う場所から自分を見ているイメージで働いたりしていました。実はこれ、「極意の解明」に書かれている、自分自身に加えて、違う角度にいるもう一人の自分と二人で敵を観る事により、敵の弱いところ、疎なところが分かるようになるという妙法でした。仕事中に武道の稽古をしていたのです。

 

なお、物多面的に捉えて考え出すと、自分らしさがなくなって腑抜けたり、面白みのない人間になったりするのでは?と思われがちですが、古来より悟りの境地とは自我を捨てる事、そしてユーモアは意外なものの見方から産まれます。心配無用です。

 

(昔良く聴いていたMr. ChildrenInnocent Worldに”様々な角度から物事を見ていたら自分を見失ってた”なんてフレーズがありましたが、見失なわず超越しましょう!)

 

 

 

4. 最後に -気-

やたら”気”という単語がでてきてオカルトっぽくなりましたが、”気”はボクシング等の格闘技や他の武道でも知らず知らずに使っている方が多数おられると思われます。

 

ここでは、目に写した筋肉や骨格の極微妙な動きを感知した結果、感じる何かだと思っていただければと思います。人によっては目に写した動きを触覚で感じる(いわゆる共感覚)方もおられるかと思います。

 

存在有無の議論は端に置いておいて、一つだけ確実に言える事は、気の存在を意識して動く事で動きに極僅かな変化がもたらされるという事です。そして、その僅かな変化が技の質を変えます。

 

本当は文章では伝えきれずもどかしいところがありますね。

いつか直接IAM護身術の技術をお伝えできればと思います。